「秋山図」(芥川龍之介)

「秋山図」が、なぜこのように違って見えたか?

「秋山図」(芥川龍之介)
(「芥川龍之介全集4」)ちくま文庫

黄公望の名画「秋山図」を
観るために、煙客翁は
潤州の張氏の家に出かける。
煙客翁は放心したように
秋山図に見入った。
見れば見るほど
画は神妙を加えた。
五十年後、富豪の
王氏の手に渡った秋山図に、
再び巡り会う煙客翁。
しかし…。

芸術の秋です。
読書の秋です。
その両方を満たす作品をひとつ。
私の大好きな作家・
芥川龍之介の作品です。
しかし煙客翁はどうなったのか?
その顔が見る見る間に
曇っていったのです。

短編ながら、
読み取りの難しい小説です。
話の骨子は、
「かつて貧宅で出会った秋山図は
神品であったが、五十年後、
富家で観たそれは
精彩を全く失っていた」。

状況把握を困難にしているのは、
作品中に登場する中国の実在の画人。
ここを整理しないと
物語が飲み込めません。
黄公望
 (秋山図の作者)、
王石谷
 (この逸話を語る、
  自身も秋山図を観た)、
惲南田
 (王石谷からこの逸話を聞く)、
煙客先生:王時敏
 (50年の年月を隔てて秋山図を観た)、
元宰先生:董其昌
 (煙客先生に秋山図を
  観ることを勧めた)。
調べてみると芥川は、惲南田による
「記秋山図始末」を原典とし、
この物語を創作したとのことです。
芥川によく見られる手法です。

さて、煙客翁が観た「秋山図」は、
同一のものであったかどうか?
ちがうものであったら
小説として成立しませんので、
これは同じものと考えるべきでしょう。
では、同じ「秋山図」が、
五十年の歳月を経て、
なぜこのように違って見えたか?

①観る人間の積み重ねの違い
最初に観たときは、
煙客翁もまだ若い人間だったのが、
五十年後、名を為してから観ると
以前より数段低く見えてしまった。

②背景効果の違い
みすぼらしい家で観ると
神々しかったものが、
裕福な家の中ではさほどありがたく
思えないものとして目に映った。

③妖怪変化
最初に観た家の主人張氏は、
実は「あやかし」の類いだった。

いずれも帯に短したすきに長し、
決定打と成り得ません。
もしかしたら芥川も、
そんなことはどうでもいいと
思っていたのかも知れません。
「煙客先生の心のうちには、
 その怪しい秋山図が、
 はっきり残っているのでしょう。
 それからあなたの心の中にも、―」
「山石の青緑だの
 紅葉の硃の色だのは、
 今でもありあり見えるようです」
「では、秋山図がないにしても、
 憾(うら)むところは
 ないではありませんか?」

(2021.10.14)

Sándor KrobotによるPixabayからの画像
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